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「ジャグラーの父」北電子・川俊也氏直撃インタビュー 第1部〜『ジャグラー』開発秘話〜
特別インタビューで名機の秘密に迫る!
 2009年9月某日、パチンコビスタ編集部は名機『ジャグラー』シリーズの秘密に迫るべく株式会社北電子に突撃取材を敢行。そして、日本一ジャグラーを知るある人物のインタビューに成功した。本稿では、そこで明らかになったジャグラー開発の意図、関係者のみ知る様々な苦労、様々な秘話を余すところなくご紹介していこう。
ジャグラーの父が全てを語る!
 名機列伝〜第3章〜北電子『ジャグラー』シリーズでは、ジャグラーの歴史についてお伝えしたが、打ち手の一人でしかない著者が推論でとやかく書くよりも、ジャグラーの全てを知ると言っても過言ではないあの人物に聞いたほうが早いだろう。その人物とは、「ジャグラーの父」こと、株式会社北電子広報企画室・室長 川俊也氏である。

 今回、パチンコビスタ編集部は企画書を1つ携えて突撃取材を敢行。そして、見事に初代『ジャグラー』の開発秘話から、現在の5号機ジャグラーに至るまで、2時間半を超えるロングインタビューに成功した。その模様を3部に分けてお伝えしていこう。

 第1部となる今回は、名機『ジャグラー』が完成するまでをお送りする。この方のインタビューから熱い思いと、そして当時の時代の風を是非感じてほしい!
ジャグラー開発秘話
ビスタ編集(以下ビ):「早速『ジャグラーの父』と呼ばれる川さんにお話を伺いたいと思います。いきなりなんですが、なぜ『ジャグラーの父』と呼ばれるようになったのでしょうか?」

川氏(以下川):「それは初代『ジャグラー』の開発から携わり、以後のジャグラーではプロデューサー的な役割を担ってきたからでしょう」

ビ:「なるほど、それならジャグラーの全てを知っていると言っても過言ではありませんね。それでは、『ジャグラー』はどのようなコンセプトで開発された機械なのかを教えてください」

川:「コンセプトですか? それは『100%売れる機種を作る!』です」

ビ:「ひゃ…100%ですか!?」

川:「ええ、と言うのも、今から約15年前の話になるんですが、実は当時、会社の経営が思わしくなく、これが売れなければ会社が潰れるという状況でしたから」

ビ:「な、なるほど…。文字通り、社運を賭けた機種だったんですね」
株式会社北電子 広報企画室室長・川俊也氏。初代『ジャグラー』の開発から深く関わり、ジャグラーを最も知る男。人は皆、彼を「ジャグラーの父」と呼ぶ
部屋に飾られていた会社設立40周年記念時に作成された盾。『ジャグラー』が売れなければ、この盾が作成されることもなかった
川:「ええ、社長を中心とした新機種開発プロジェクトチームが結成されることになり、そこに『おい、お前もプロジェクトチームに加われ』と突然言われたんです」

ビ:「え? というと、それまでは企画・開発職ではなかったんですか?」

川:「はい、営業と広報を兼務していました

ビ:「おっと、全くの畑違いの職種ですね」

川:「ええ、プログラム等はできませんから、文句付け係りという形で参加しました(笑)」
ビ:「なるほど(笑) つまり、どのような機種にするかを考える非常に重要な役割ですね。それで、一体どのような機種を作ろうと考えたのでしょうか?」

川:「はい、初めはほとんど何も決まっていませんでした。その中で、唯一決まっていたのが、告知ランプの搭載なんです」

ビ:「ええっ…!? まず、『告知ランプありき』だったんですか。失礼ですが、当時は大量リーチ目タイプが主流で、告知ランプという機能は不評だったのでは?」

川:「ええ、4号機当初は搭載しているメーカーも多かったんですが、だんだんと衰退していって、その頃はほとんどのメーカーが廃止している状況でした」

ビ:「100%売れなければいけないなら、そんな衰退している機能よりも、流行を追っていったほうが確実だったのでは?」
入り口で出迎えてくれたツノっち。川氏がいなければ、彼も存在しなかった!?
川:「実際、うちもそっちにいこうかという話もあったんですが、社長が『せっかく検査機関が認めてくれてできた機能なんだから、それを外すのはまかりならん。大量リーチ目タイプにしてもいいけど、絶対に告知ランプはハズすな!』と、譲らなかったんです」

ビ:「なるほど。社長にはそれで勝算があったんですかね?」

川:「当時、うちはそれまで売れたことのない潰れる寸前のメーカーでしたからね。いくら良い機械を作っても、大手とは生産力・宣伝力・営業力、会社の規模が違う。同じ土俵で勝負しても勝てっこないんです。だったら、誰もいない土俵で勝負しなければ生き残れないと考えていたんだと思います」

ビ:「確かにそうですね。ホールさんからすると、同じようなタイプのマシンなら、大手メーカーの台を選ぶ気がします」
川:「それで、告知ランプを付けることは決まったんですが、それ以外は決まっておらず、『お客様がどういう機種を好んで打っているか?』ということから徹底的に調べたんです」

ビ:「その当時と言えば確か…」

川:「ちょうど時代はパチンコの保留玉連チャン機が問題になり、社会的不適合機の撤去でCR機へとシフトしていく時代でした。で、実際に話を聞いてみると、その人たちの多くは、元々裏モノ全盛の2号機、3号機ではパチスロを打っていた人たちだったんです。なら、そういった人たちにもう1度パチスロに帰ってきてもらおうと…」

ビ:「なるほど。でも、そういった射幸性の高い機種を好むユーザーとジャグラーを好む層はあまり一致しない気がするんですが?」
川:「ええ、そんな気がするでしょ? 保留玉連チャン機は確かに射幸性が高かったんですが、でも、実はCR機の方がもっと高かったでしょ? それなのに、そういった人たちは、『CR機は面倒くさい』『わかりにくい』というんですよ。だったら、単純明快かつ退屈させないゲーム性の機種を作ればいいのでは…と」

ビ:「必ずしも『ギャンブル性が高いから』という理由で打っていた訳ではなかったんですね。それで、実際に開発を開始してからはどうだったんですか?」

川:「よくね、完全告知の機械だから簡単にできたと思われがちだけど、でもね、実際は死ぬほど大変だったんですよ。開発・生産も全部手作りなんですから」

ビ:「え…、手作りですか?」
この7絵柄を描いたのはプロのデザイナーさんではなく、なんと北電子社員の1人というから驚きだ!
川:「ええ、もう絵柄から何から全て自分たちで考えました。中でも最も大変だったのが7絵柄。これはチーム全員が1人1個以上7の絵柄を描いて持ち寄って、残ったものを採用することになったんです」

ビ:「ということは、川さんも描いたんですか?」

川:「ええ、1週間かけて描きましたよ、結局、採用されませんでしたが(笑)。それで、選ばれたのが今の『7絵柄』。でも、最初は星が付いてなかったんです」

ビ:「星というと右下の金色に光っている部分ですね」

川:「そう、それで、その星のない7絵柄でリールを回してみると、1色だとよく見えなかった。それまでのうちの機械は『ガリバースペシャル』からずっと星が付いていたので、じゃあ、星を付けてみようということになったんです」
ビ:「そのお陰で視認性が上がったんですね」

川:「ところが、まだよく見えないんですよ。確かに、若い動体視力の良い子は見えるんですけど、基準はうちの社長ですから。で、どうしたら見やすくなるかな、と考えているところにアルミホイルが目に入ったんです。その頃、ロム基板は静電気でダメになってしまうので、焼き終わったあとにアルミホイルで包んでいたので、会社のその辺に転がっていましたから。で、リールにアルミホイルを貼って回してみると、蛍光灯に反射したアルミホイルが『キラッ』『キラッ』と光って見えるんです」

ビ:「おおっ…、すごい発想力ですね!」

川:「でも、銀色というのは蛍光灯に反射すると、暗く沈んじゃう。これじゃあ、まだ社長は『見えない』と言うに決まっているので、代わりに何かいい物はないかと探したんです。当時、会社の下に文房具屋があったので、そこで折紙を買ってきて、その中に入っている金色の折紙をリールに付けてみました。すると、今度は成功して、社長も『見える!』とようやくゴーサインが出たといった様子でした」

ビ:「アルミホイルや折紙が基で…本当に手作り感がありますね。もしかすると他の絵柄にも色々とエピソードがあるんですか?」
川:「もちろんあります。たとえば、ぶどう。これは、元々は普通の色をしたぶどうだったんです。でも、BARも黒いし、リールを回転させてみると全体が暗くなって美しくない。オレンジ色はリプレイで使うので、緑色の絵柄にしたいなと思っていたんです。でも、皆が思いつくメロンや青リンゴといったものは、すでに他機種で採用されているものばかり。そこで、私が頑として『いや、マスカット』と譲らなかったんです」

ビ:「なぜ、そこまでマスカットにこだわったんでしょう?」

川:「実は私の本籍が岡山で、その名産がマスカット。『おい、お前らちょっと待てよ、ぶどう色したものだけがぶどうじゃないんだぞ』ってことです(笑)」
このマスカット絵柄も最初は紫色のぶどうだった
再プレイの再から転じて採用されたサイのツノっち。かわいい容姿で大人気だが、当初は超リアルサイだったらしい
ビ:「なるほど、地元愛ですね(笑)。リプレイ絵柄は『再プレイ』だから、『再』が『サイ』になったという話を聞いたことがあるんですが、もしかしてこれも川さんのアイディアですか?」

川:「いえいえ、これは昔あった雑誌の『あなたのアイディアを絵柄にします』というコーナーで佳作だったものをいただきました。初めて見た時のインパクトがすごくて。『ばっかだなー』って(笑)」

ビ:「ほんと、オヤジギャグと一緒で『くっだらない!』と思いました(笑)。けど、これ1度聞いたら忘れられないですね」

川:「ええ、実は、『サーカス3』の頃からリプレイの絵柄はずっと悩んでいたんですよ。ただ『REPLAY』と書いたら味気ないし、リプレイ=青というイメージが業界にあったのでそれも変えたくて…。そう思っている時にこれを見て、『大賞じゃなくて佳作ということは使わないんでしょ? だったら、いただいちゃおうかな』と、いつか使おうと温めていたんですよ」
ビ:「その投稿した人も絵柄になって喜んでいますよ、きっと」

川:「でもね、始めはこんなかわいいサイではなく、もっとリアルなサイですさまじく気持ち悪かったんですよ。で、最後の方にこれだけは描き直そうということで、あがってきたのがこのツノっちだったんです」

ビ:「なるほど、ツノっちのかわいさは自分のツボなので、リアルなサイじゃなくてよかったです」

川:「ま、実際はオレンジ色のサイなんていないけどね(笑) しかも、さんざん『カバ』って言われましたけど」
ビ:「ええ、言ってました(笑)。カバにツノなんて生えていないんですがね(笑)。ちなみに、BAR絵柄とかはどのように決まったんでしょう?」

川:「BARは尚球社の『ジャックポット』の3連のBARがすごくインパクトがあって好きだったんで参考にさせていただきました。ちょうど会社に1台だけMacが入って、使う人の練習がてらに『あんなイメージで』と伝えて。でも、初めは内側が白だったんですが、2連のせいか、丸みがあるせいかインパクトが全くない。それで筐体に合わせてピンクにしてみたら、これが非常にしっくりきたんです」

ビ:「なるほど。ところで、先ほどから色にこだわって作ったというのがよく伝わってくるんですが、筐体のピンク色にも意味があるのでしょうか?
こちらのBAR絵柄も社内で制作。ピンクの文字も背景に映えて独特の存在感を示している
川:「これは、ホールで青っぽい台を打っていると光が反射して顔色が青白く見えるからなんです。それで、青系の色は打っている人の印象が悪くなるからやめよう、暖色系にしようと。でも、かといって安易に赤にもしたくない。そこで、1号機の話になるんですが『ペガサス』という名機があったので、それにあやかってピンクにしました」

ビ:「きれいな真ピンクではなく、少しドス黒い色ですよね。でも、あれが独特の雰囲気を醸し出してホールでの存在感を示していますよね。あの色も『ジャグラー』という存在を確立するのに役立ったのかもと感じます。そのようにあらゆるところにこだわりがあるということは、当然『GOGO!ランプ』にも色々ありそうですね?
ジャグラーの代名詞とも言える「GOGO!ランプ」。その由来は…実はバブルの申し子?
川:「ええ、まぁね。ところで、この告知ランプってなぜリール左下にあるかわかりますか?」

ビ:「…えと、リール停止後にレバーを叩くために、その付近に目が行くからですか?」

川:「ええ、よくそのような意見や、『人間の視覚的に…』とか『心理的に…』というようなことを言われますが、実はですね…」

ビ:「実は…?」

川:ここしか空いていなかったからなんです。ここでいいじゃんというノリで(笑)。別に右上でもどこでもよかったんです。ただ、『クリエーター』の時にそういう理由で決まって、そのまま継承した形なんです」

ビ:「ええっ、そうなんですか? うわー、衝撃の事実ですね」
川:「でも、本当の話です。もしかすると、知らない方がよかったという人もいるかもしれませんね(笑)」

ビ:「では、『GOGO!ランプ』の『GOGO!』というのはどういった理由で?」

川:「若い人たちは知らないかもしれませんが、その頃はディスコ全盛でボディコン着てジュリ扇を持っているお姉ちゃんが社会現象になっていて、そのお姉ちゃんを『イケイケねーちゃん』と呼んでいたんです。その『イケイケ』を英語に直すと…

ビ:GOGO!

川:「そう、そこから名付けています。でも社内では『GOGO!ランプ』とは誰も呼んでいなかったですね。うちらは『告知ランプ』『チャンスランプ』と呼んでいましたから。『GOGO!ランプ』という名称が定着したのは、ファンの方がそう呼んでいたからなんです」
ビ:「なるほど、『GOGO!ランプ』と言えば、やはりあの告知のタイミングが絶妙ですよね。指を離した瞬間『ペカッ!』というのが…」

川:「ええ、そこにはこだわりました。BIGを揃えてもすぐには音が流れず、指を離してからファンファーレが流れる機種があるでしょ? あれなんかは友達と隣で打っていて、BIGを揃えてボタンを押しっぱなしにしながら友達の肩を叩いて『ほれ!』なんて自慢して(笑)」

ビ:「あります、あります。音が鳴ってないから気づかないけど、BIGが揃っててびっくりして、悔しくて…。で、やり返すのが楽しくて!」
川:「そうそう! ああいうのが楽しいんですよ。『これがゲーム性だな』って思い、絶対取り入れようと…。でも、技術の担当の人には全く伝わらず、『なんで? どうせ点くなら一緒でしょ?』という意識であれを認めさせるのが大変だったんですよ。最後はもう『いいからやれよ』って(笑)」

ビ:「あのタイミングじゃなかったら、ここまでの大ヒットは無かったかもしれませんね」

川:「ええ、絶対ありませんでしたね。これは私の信念なんですが、レバーを叩いてから第3停止ボタンを離すまでが毎回1つのストーリーなんです。だから、それまでは常にドキドキ感を失わないようにしなければいけないんです」
苦労の末、名機が完成。『ジャグラー』という名が付くまでわずか3分…。決まるべくして決まった名前!?
ビ:「その信念が名機『ジャグラー』を生んだのですね」

川:「あ、でもね、実は『ジャグラー』は最初、『ジャグラー』という名前じゃなかったんですよ」

ビ:「えええっ!?」

川:「『サーカス3』の後継機のピエロをモチーフにした機種で、そのまま『ピエロ』という名前の予定でした。実際に保通協もそれで通したんですよ。で、いざ、発売しようと思ったら、他のメーカーがすでに商標登録をしてあったんです。「そのまま売ったら大変だ」ということで、急遽変更を余儀なくされました」

ビ:「ええ、そういった状況で販売したら裁判になること必至ですもんね」

川:「それで、社長が、『ピエロがやっているのはジャグリング。でも、それだと語呂が悪い。ジャグリングをする人はジャグラーだから…』と。決まるまで3分もかからなかったですね」

ビ:「たった3分で!? それで、その名称を聞いて、川さんはどう思いました? 『これは売れる』とか、逆に『それはない』とか…」

川:「特に何も思いませんでしたね。社長は機種名の最後を『クリエーター』というように伸ばすのが好きだったので、『社長らしい名前だなー』と感じたくらいです」


ビ:「ちなみにその幻の機種『ピエロ』のデザインやゲーム性は…?」

川:「ロゴ以外は『ジャグラー』と全く一緒です」

ビ:「ということは、もし『ピエロ』のまま出していたら…」

川:「今頃『アイムピエロ』や『ゴーゴーピエロ』だったかもしれないんですよ(笑)」
『サーカス3』から引き継がれたピエロ。本来ならそのまま『ピエロ』という機種名だったが…

苦心の末、完成した名機『ジャグラー』。しかし、その後も様々なドラマが待っている。その模様は、引き続き第2部「ホールデビューから4号機時代の終焉」にてお伝えしよう。
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